nagoya-0093 · 中村区
稲葉地城跡
愛知県名古屋市中村区城屋敷町4-10-1 (神明社)
- 看板OCR確定看板写真と文字起こしをAI照合。獲得済
1560年・城主に関わる合戦
時代・年代の根拠(AI分類)
築城年は諸説あり不明。並び順は本文で確認できる城主の戦死年。1582年の本能寺の変も関連。
関連人物や移転・再建など、複数の出来事を含みます。創建年と同じとは限りません。
與三郎は永禄三年(一五六〇)の桶狭間の戦いで、小藤次は天正十年(一五八二)の本能寺の変で戦死した。
築城年は諸説あり不明。並び順は本文で確認できる城主の戦死年。1582年の本能寺の変も関連。
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看板写真と文字起こしをAIが照合しました。年号・人名は看板の記載を保持しています。
稲葉地城は、このあたりにあり、築城年代は諸説あるため定かではない。「尾張志」によれば、東西四十間(約七三メートル)、南北五六間(約一〇二メートル)の城館であった。
城主は津田豊後守(織田信長の伯父に当たる人)であり、玄蕃允、與三郎、小藤次と続いた。與三郎は永禄三年(一五六〇)の桶狭間の戦いで、小藤次は天正十年(一五八二)の本能寺の変で戦死した。
神明社の南西に位置する凌雲寺に、豊後守の法名を記する宝篋印塔がある。
標札の発行:名古屋市教育委員会。
確認状況
AI画像照合済・添付画像本文の判読案・ルビ省略
Wikipediaからの概要
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名称・所在地の基礎資料:名古屋市の史跡名勝標札一覧。名称・位置・本文は確認に応じて更新します。
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